子どもの側に立って、子どもの目を意識しながら、中学生向けの歴史教科書をつくりたい。
それは子ども側から言えば、
・あるページを見ていたら、次のぺ―ジもめくってみたくなる。つづきを読んでみたくなる。
・そこで何か感じるものに出会う。問いや疑問がわいてくる。

などの反応が見られるものです。自分から教科書のページに何らかの関わりを持ち、歴史学習へのささやかな一歩となるものでしょう。何をどのように描けば、そういう教科書ができあがるのでしょうか。

 いままでの歴史の教科書には、①歴史発展の筋道―歴史の流れ、②それを語るために必要な歴史事実―いわゆる重要事項が記述されています。それは重視されるべきことでしょう。でも子ども側からそれらを見ると、学んでから時間がしばらく経ったあとには、単に文字の羅列となったり、言葉としてのみ残っている、ということになりかねません。

 つまり歴史の教科書は、子どもがそれをどう学ぶのか、子どもが学ぼうとする筋道を想定したものなのかが問われているのです。確かに教師は発展の筋道―歴史の流れへ目を向けたいのですが、子どもの側は、それ以前のところ―歴史事実の具体的な場面で立ち止まり、何らかの問いを発しようとしているはずです。

 だとすれば、まず教科書は、子どもからそのような問いが発せられるような歴史事実を描くものであるべきでしょう。他方、教師側から言えば、子どもの声をぜひ聞いてみたい、どんな反応を示すだろうかと、期待感のもてる歴史事実だと言えます。そのような教科書であれば、教師側からどう問いかけるかなど、授業構想イメージできる教科書になるでしょう。
  
 歴史を学ぶことは、それによって学習者が現在という地点に立つことが期待されます。現在の課題となっていることに目を向け、自ら向き合っていこうとする主権者の姿を想定することもできます。しかしそれは、歴史事実を文字や言葉の羅列として、記憶したことによって可能となるものではないでしょう。歴史事実に対して、問いを発したり、問いかけられたりしながら、自らそこに関わっていくからこそ可能となるはずです。
 歴史教科書が、記憶すべき歴史事実の集成として子どもの前に存在するのではなく、子どもからページをめくり、自ら関わっていくものとして机上に置かれている。そんな情景をぜひつくり出したいと思います。

学び舎・学ぶ会・子どもと学ぶ歴史教科書の会・教室から生まれる中学歴史教科書
学び舎・学ぶ会・子どもと学ぶ歴史教科書の会・教室から生まれる中学歴史教科書
学び舎・学ぶ会・子どもと学ぶ歴史教科書の会・教室から生まれる中学歴史教科書
2010年8月22日